上田麗奈『Nebula』と楠木ともり『sketchbook』に視る「声優×アンビエント」の可能性。

2021, Aug 31

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上田麗奈さん『Nebula』と楠木ともりさん『sketchbook』を聴いたオタクが 「声優さんとアンビエントめっちゃ合うな~~~~なんで合うんだろ~~~~~~~」と思って書き連ねた限界ブログです。

Nebula: 「感情の歌」と「アンビエント」の親和性

上田麗奈さんの2ndアルバム『Nebula』がリリースされましたね。

「お芝居としての歌」「感情の歌」にさらに磨きをかけ、ネガティヴな感情も包み隠さず表現する、上田麗奈さんの表現者としての凄みが味わえる意欲作になっています。 ポピュラー音楽の範囲を逸脱せずに、真に迫った負の感情の表現を成立させるバランス感覚が見事。

『Empathy』『リテラチュア』から変化したポイントとしては、感情を表現するための音楽スタイルの変化が挙げられます。 シティ・ポップ/エレクトロ・ポップと生楽器主体のクラシカルな楽曲を織り交ぜるのは従来の延長線上ですが、 今作ではそれに加えて「アンビエント(環境音楽)」を大胆に導入して音楽的表現の幅を大きく広げています。 特にT03“Poème en prose”が印象的。

アルバム中の役割としてはinterlude的な楽曲ですが、歌、語り、独白、叫び。 あらゆる声が空間に配置されたトラックはまさに“言葉の宇宙”。 ピアノの残響を主軸に、ノイズや歪ませまくったギターなどシューゲイザー/ブラックゲイズ的アプローチも取り入れられ、 人間の内的宇宙のカオスが表現された極上のダーク・アンビエントトラックに仕上げられています。 interlude的トラックに対して一番好き!というのはちょっと憚られますが、正直Nebulaで最も刺さったのがこの曲。 もともとアンビエントではヴォーカルを前に出すことをせず、楽器のひとつとして楽曲の音像に溶け込む場合が多いですが、 それが声優さんの多様な声の表現とメチャクチャ合うな、とこの曲で気付かされましたね。

ちなみに他の曲にもアンビエント的なテイストが視える場面があります。

  • T02 “白昼夢”: ちょい重苦しいピアノ・アンビエント
  • T04 “scapesheep”: ダウナーな声をトラックにあえて溶け込ませるアンビエント・テクノ
  • T06 “デスコロール”: ベースにより音像があえてぼかされた虚無アンビエント/ポストロック。水音がアンビエント要素

特にアルバム前半の、自分の内面に沈んでいくパートでの“沈んでいく”表現にアンビエントが使われている、という捉え方もできますね。

sketchbook: 「声優×アンビエント」を最初に意識した超本格的アンビエント楽曲

さて、「声優×アンビエント」を印象づけた楽曲が今年の頭にもうひとつリリースされていました。 楠木ともりさんの『sketchbook』です。

かねてより「アンビエントに挑戦してみたい」と公言されていた楠木さんがChouchouのarabesque Chocheさんをアレンジャーに迎え、 インディーズ時代の曲“スケッチブック”をアンビエント楽曲として生まれ変わらせた1曲。 ピアノの残響と楠木さんのコーラスに包まれる感覚が非常に心地よい深夜2時系アンビエント。 今まであまりクローズアップされてなかったですが、声優さんの耳心地の良い声と環境音楽たるアンビエントの親和性を初めて意識した瞬間でしたね。

上田麗奈さんと楠木ともりさんはともに推しの声優・アーティストですが、2人とも「声優×アンビエント」にたどり着いたのが面白いところです。 声優だからこそできる歌の表現、を突き詰めた結果、自然と浮かび上がってくる表現スタイルなのかもしれないですね。 (もちろんたどり着くまでのプロセスはまったく違うだろうし、ただの偶然だとは思いますが) Poème en proseは叫び声やノイズも取り入れたシューゲイザー/ブラックゲイズ的なアンビエント、 sketchbookは心地よさを前面にした本来の意味でのアンビエント、と同じアンビエントでもアプローチがだいぶ異なるのも興味深いポイントですね。

「声優の歌」と「アンビエント」が合う理由を考える

なぜ声優さんの歌とアンビエントの親和性が高いのか?をちょっと考えてみましょう。 考えてみた結果、以下の2点の要因が大きいのでは?という考えに至りました。

  1. 声の絶対的な“心地よさ”
  2. 感情の情報量の多さ、繊細な表現力

声の絶対的な“心地よさ”

アンビエントは「環境音楽」とも言われますが、自然音やアコースティックギター、ピアノの音など、「耳心地の良い、ずっと聴いていても不快にならない音」で構成され、BGM的に聴くことが想定されている音楽スタイルです。 耳心地の良さがBGMとしての用途に非常に向いていて、僕もよく仕事のBGMに使っていたりします。 一方で、声優さんの声はさすが声のプロと言うべきか、耳ざわりが良く長時間聴いていられる声です。 (声優ラジオと非声優の方のラジオを比較して聴いているとわかりますが、声優さんの声の聴きやすさ、心地よさは凄まじいレベルだと思います。この“声質”自体が大きな強み) そう考えると、耳心地の良い音で構成されるべきアンビエントというジャンルにおいて、声優さんの耳心地の良い声がピッタリハマるのは非常に納得というか。 もっと早く気づくべきだったという気すらします。 『sketchbook』がまさにという感じですが、リードVo.とバッキングコーラス、複数の声に「包まれる」音像の曲では 声の「心地よさ」が全体の聴感印象の良さに圧倒的に寄与している気がしますね。

感情の情報量の多さ、繊細な表現力

声優さんの歌の「感情の情報量の多さ、繊細な表現力」もアンビエントとの親和性が高い理由と考えます。 僕は、声優さんは「感情の技術者」で、声優さんが歌う歌は「感情の歌」の側面があると思っています。 特に上田麗奈さんの歌は生の感情をダイレクトに伝える歌である、というのは常日頃から言っていますが、 Poème en proseのようなカオスな感情の宇宙、みたいな表現をするときに声優さんの歌の「感情を生々しく伝える」特性は表現のリアルさをもたらします。 特にシューゲイザーやブラックゲイズで見られるような「言語化できない、内側にある鬱屈とした感情」を表現するときに声優さんの歌はすごく活きるんだろうな、と。 BGMを想定するもともとのアンビエントとは少し離れるかもしれませんが、「空間全体を用いた情景や感情の表現」としてのアンビエントにおいて 声優さんの「表現のリアリティ」は楽曲全体の表現の解像度向上に大きく寄与していると感じます。 「声優が歌う意味」が明確に存在する表現スタイルのひとつだと思います。

まとめないまとめ

最近アンビエントを掘り始めていることもあり、推しである上田麗奈さんと楠木ともりさんが両方ともアンビエント的な表現を導入してくれたのが嬉しいので書いちゃいました。 声優さんの歌により、アンビエントという音楽スタイルの「心地よさ」と「表現力」に関して新たな次元を切り開く可能性があるので、 いろんな声優アーティストさんのアンビエント楽曲を聴いてみたいですね。 (声の心地よさだったり歌の感情表現の繊細さ、巧みさが要求されることになるので、アーティストの技量が要求されるとは思いますが……) もちろん今回その可能性を提示してくれた上田麗奈さん、楠木ともりさんにも今後アンビエント的表現をさらに発展させてくれることも楽しみにしつつ。 これから声優×アンビエント楽曲が増えていくことを期待しています。 1枚まるまるアンビエントな声優アーティストアルバムとか聴いてみたい。

おまけ: おすすめのアンビエント

最近良いと思ったアンビエント(っぽい)曲を貼っておきます。

Unreqvited - Reverie

Stellarscopees - Polaris

Mamiffer - Flower Of The Field II

Sylvaine - Atoms Aligned, Coming Undone

Skyforest - Night Sailor

「Ambient Relaxation」プレイリスト on Spotify