楠木ともり『Forced Shutdown』インプレッション ~ バラエティ豊かな「音のおもちゃ箱」。

2021, May 30
Tracklist
01. Forced Shutdown
02. sketchbook
03. アカトキ
04. バニラ
05. Forced Shutdown -Instrumental-
06. sketchbook -Instrumental-
07. アカトキ -Instrumental-
08. バニラ -Instrumental-

はじめに

楠木ともりさんのメジャー2ndEP。 1stEP「ハミダシモノ」から8ヶ月のスパンを経てリリースされた本作は、全曲「作詞作曲:楠木ともり」の、シンガー・ソングライターとしての色彩を強めて「楠木ともり」の音楽をより感じられる快作に。 (余談ですが、最近biographyで「声優・アーティスト」ではなく「声優・シンガーソングライター」と記載されることが増えてきているのを見てニヤニヤしています) 「ハミダシモノ」はロックの枠の中でそれぞれ別の方向に尖った4曲が収められていましたが、 今回はバンドスタイルという主軸は維持しつつも、ロックの枠をハミダシてアンビエントなどにも踏み出した非常にバラエティ豊かな4曲となっていますね。 それでいてしっかり貫かれたテーマがあって、通して聴いても唐突感がまったくなくて1本のストーリーとして感じられるのが流石。 “Forced Shutdown”と“sketchbook”で「自分の中に深く潜り込んで」いって、“アカトキ”~“バニラ”で「他者との繋がり」に踏み込んでいく曲順は、徐々に「世界・景色が徐々に広がっていく」感があってとてもいいですね。

音楽的には、ジャンルの意味でもバラエティ豊かですが、入っている音がそれ以上に多種多様で、聴いていてとても楽しい。 sketchbookはピアノとコーラス、アカトキはブラス、バニラはギター&Keyと楽曲を特徴づける楽器が曲ごとに全く異なるのが○。 リズムワークがめちゃくちゃ凝っているのも個人的にとても好きなポイントです。ベースとドラム追いかけてるだけで楽しい。 楽曲を構成する1つ1つの音の音質がとても良いのも、この気持ちよさにかなり貢献しているんだろうなと。

そんなバラエティ豊か、かつクオリティが非常に高い4曲をそれぞれ見ていきましょう。

各楽曲の感想

01. Forced Shutdown

構築されたカオス。 LRに振られたともりさんの声のサンプリングに包まれるイントロから始まり、とにかく隙あらば色んな音が詰め込まれたすごく面白い曲。 「音のおもちゃ箱」感がすごく強い。 音の配置的にも、楽曲構成的にも超テクニカルで、複雑な曲が大好きな僕に刺さりまくり。 聴くたびに「おもしれー!」って思いながら聴いています。

曲展開がめちゃくちゃ好きなんですよね。 A→B→サビというポピュラー音楽の構成をギリギリ保ちつつ、その中で音と展開がカオスに、プログレッシヴに動きまくるのが非常にユニーク。 リズムがすごく凝っていて、ドラムとベースのパターンをガラッと変えることで曲の景色が変わっていくのがとても好き。 インスト版を聴くとよくわかりますが、ベースの動き方があまりにも変態。最高です。 ピアノの繰り返しリフがプログレ的なのもニヤニヤしてしまうところ。

歌の表現としてはところどころに後悔や諦めのニュアンスを感じるのが好きですね。 「伝えたかったことは伝わらない」「歌いたかったことは歌われない」の、どこか自分のことではなく他人事のように見ている歌詞から諦念のようなものが感じられて耳に残る。 あと、「君の不細工な色眼鏡 外して踏みつけて粉々にしたい」がバチバチにROCKで好き。 このフレーズを力強く歌うのではなく、フラットな感じでさらっと歌いながら「粉々にしたい」の語尾で感情が出る歌い方めちゃくちゃ良いです。

MVもこの曲のカオス感がこの上なく表現されていて引き込まれる映像です。 抽象的なイメージ、エフェクトを多用しているのが、この曲の掴みどころのなさを顕している感覚があって好き。

02. sketchbook

静謐なアンビエント的楽曲。 月明かりが差す部屋に佇む少女が視える音像がとても良いですね。 ともりさんのコーラスに包まれる感覚がすごく良くて、Forced Shutdownとは別の意味で自分と向き合える曲です。 深夜、自室でじっくり浸りながら聴きたい。 楽器面では、ピアノの音色が月明かりの色そのものでたいへん心地よい。

ともりさんのアンビエント曲はぜひ聴いてみたいと思っていましたが、こんなに早く実現して嬉しいです。 こういう静謐さを感じる曲にもともりさんの歌はすごく映えますね。 コーラスを重ねていくタイプのヴォーカルトラックはともりさんの楽曲では初だと思いますが、声質的にもすごく心地よいコーラスなので今後もこういう歌も聴いてみたい。

03. アカトキ

アップデートされたアカトキ。 グルーヴがすっっごく気持ちよくて、鍵盤のリズミックなフレージングが「リズム楽器としてのピアノ」を感じてとても好きです。 さらにゴージャスなブラスによって多幸感が増幅されて、聴いていてたいへん気持ち良い曲に。 リスアニ!LIVEで生音を浴びながら聴いたときはめちゃくちゃ気持ちよかったですねぇ。自然と身体を揺らしたくなる。 はやく声帯を取り戻して皆でアップデートしたい。

04. バニラ

やっと音源という形で聴けたバニラ。 今回のEP用のアレンジとして、名ロックバラードに生まれ変わりました。 MELTWISTで聴けたアコースティックアレンジはクラシカルな“優しさ”が前面に出ていましたが、このアレンジは“強さ”を感じる歌に。 楠木ともりさんの既発表曲でおそらく最も王道スタイルの曲ですが、王道でシンプルな分、歌詞がもつ感情の動きがすごくダイレクトに伝わってくる。 歌詞の構成と曲展開がめちゃくちゃ良いんですよね…… 1番は家族や友人、2番はファンとの"繋がり"を描いていて、視野や世界が広がっていく様子をロックバラードとしての曲展開で完璧に表現している。 Aメロ、Bメロでは優しくウィスパーに歌い、サビで想いの強さが表面に出てくるともりさんの歌い方もたいへん好き。 やっぱりともりさんの「ウェットな歌」と「パワーヴォーカル」をスイッチする歌い方好きだなぁ。感情の動きがめちゃくちゃ伝わってくる。 アレンジも歌詞の持つ“優しさ”と“想いの強さ”を表現する音色になっています。 特にAメロのピアノ、Bメロのギターのバッキングがすごく優しい音色になっていてとっっっっっっっても好き。

歌詞面では「誰が見たって普通の日々も 私にとっては溺れるほどの愛だ」のフレーズがたいへん刺さる。 曲の主題からは外れるかもですが、「他の誰かから見た“普通”が、自分にとっては“特別”なもの」というのは常々感じていることで、自分の考えとリンクしている感があってすごく響く歌詞です。

MVも歌詞の感情の動きやストーリーを強く感じる映像になっていてとても素敵です。 YouTubeにて公開されているshort版を貼っておきますが、ぜひBD/DVDに収録されているfull版を観てほしい! ラスサビで、それまでモノクロだった世界が色づくのがすごくエモいし、涙の表現には感情を動かされずにはいられない。

おわりに

楠木ともりさんのシンガー・ソングライターとしてのユニークな音楽性がいかんなく発揮された1枚。 「2ndEP、全曲作詞作曲、ノンタイアップ」という、より力量が問われる状況で非常に面白い作品が提示されて、 売上的にもハミダシモノを超える枚数を記録したのは本当に嬉しい。

今まで発表された曲のひとつひとつが非常に尖っていて、かつ同じ方向性の曲がひとつとしてないのがとてもすごいことだと思うんですよね。 テクニカルなロック、というのはひとつ見えてきているところではありますが、そこにはとどまらない雰囲気を既に醸し出しているので、 いい意味で「楠木ともりの音楽とはなにか」がまだ特定のなにかには固定されていない状態。 音楽スタイルではなく、もっと潜在的で本質的な部分にアイデンティティを持っているアーティストが真に強いアーティストだと思っているんですが、 楠木ともりさんは現時点で既にそれを強く感じるので、これから生まれる作品で「アーティスト楠木ともりの本質」を紐解いていくのが楽しみでしょうがない。 1st,2ndEPは「新曲1曲+インディーズ時代の曲のリメイク」という構成でしたが、ここから先はすべて新曲で構成される作品になることが予想されるので、 1枚まるまる新曲、となったときにどれだけのインパクトを与えてくれるのか今から待ち遠しいです!